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東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)25号 判決

原告 坂野満太郎

被告 山本康雄 外一名

主文

特許庁が昭和二十五年十二月二十五日に同庁昭和二十二年抗告審判第一号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として

(一)  被告等は特許第一五七一九九号「皮革代用品製造法」の特許権を有するものであるが、原告は原告が実施している別紙に内容を記載した(イ)号説明書記載の擬革製造法が右特許権の範囲に属しないものであるとの確認審判請求を昭和十九年十一月二十一日に提起し、右事件はその第一審に於て特許標準局昭和十九年審判第一〇三号事件として審理され、右請求を是認する旨の審決がなされ、之に対し被告等が不服の申立をしたので昭和二十二年抗告審判第一号事件として審理された上、特許庁に於て昭和二十五年十二月二十五日に「原審決はこれを破毀する。本件審判の請求はこれを却下する。審判及び抗告審判の費用は抗告審判被請求人の負担とする。」との審決がなされ、右審決書謄本は昭和二十六年一月十三日に原告に送達された。

右抗告審判の審決の理由の要旨は、原告(抗告審判被請求人)に対して原告が「ひらみる」と称する海藻から代用皮革を製造するに当り本件特許方法によらないで特に(イ)号説明書記載の方法を実施していたことを立証するよう促したのに、何等之に応ずるところがないから、原告が(イ)号説明書記載の方法を実施していたものと認めるに由がなく、従つて原告は本件審判請求をするにつき利害関係を有するものと認め難いから右請求は不適法のものであつて許容すべからざるものであると言うにある。

(二)  然しながら右審決は次の理由により失当である。即ち

本件確認審判の抗告審判に於て原告は審判長から原告が本件確認審判請求をするに必要な利害関係の立証を促されたから昭和二十五年十二月十四日右審判長に宛て抗告審判被請求人たる本件原告本人訊問を申出で、且右事件に於ては当事者本人の訊問の外右利害関係を証明する方法がないから是非その訊問を求める旨の上申書を提出したに拘らず、特許庁は本人の供述は証拠価値が薄弱であるとの予断の下にその取調をせずして前記(イ)号説明書記載の方法は原告の実施方法と認め難いとしたのであるが、このように当事者の申し出た唯一の証拠の取調をせずしてその主張を之を認めるに足る証拠がないとして排斥することは違法である。

又原告は右事件の第一審審判当時に於ても原告が右利害関係を有することの立証として昭和二十一年七月二日附の弁駁書及び証拠申出書によつて右原告本人訊問と共に特許庁の保管に係る記録の取寄をも申し出たところ、特許庁は之等記録の取寄をした上で、之等証拠の採否を決すべきであつたのに、その措置に出なかつたのであつて、右措置をとらずしてなされた審決は失当である。

原告が本件確認審判請求をしたのは本件被告等が原告が被告等の前記特許権を侵害したことを理由として原告に対し昭和十八年十月二十二日に静岡地方裁判所沼津支部昭和十八年(ヨ)第十九号仮処分決定の執行をしたこと、本件被告山本康雄が本件原告に対する右特許方法による皮革代用品の製造販売の禁止及び金五千二百二十円の支払を請求する同庁昭和十八年(ワ)第五五号訴訟を提起したこと及び本件被告鈴木秋雄が本件原告に対し金四千七百九十二円の損害金の支払を求める同庁昭和十八年(ワ)第五七号訴訟を提起したことに関し、之等事件の前提となる原告の皮革の製造販売行為が本件被告等の特許権の範囲に属しないこと即ち右特許権の侵害にならないことを確認されれば右仮処分事件も本案訴訟事件も当然本件原告の勝訴に帰すべき関係にあるからであるところ、静岡地方裁判所沼津支部は本件原告の申立に基ずき昭和二十一年九月十一日に右両本案事件につき訴訟手続中止の決定をしたが、右は右裁判所支部が本件審判請求の対象物たる前記(イ)号説明書記載の製造法が原告の実施していたものであるとの原告の主張を認容したからであり、本件被告等も当時右申立に対して異議を述べず、以て右原告の主張事実を黙認していたのであつて、この事実に徴すれば原告が(イ)号説明書記載の方法を実施していたことが明らかであつて、この事実がある以上原告は本件確認審判を請求することを得べき利害関係を有するものと言うべきである。

しかのみならず元来特許出願はその発明につき独占権を得て将来之を実施しようとする意図に基ずいてなされるものであり、従つて右の意図が特許出願によつて具体的に認められるものと言うべきであるから原告が前記特許出願をしたと言う事実だけに徴しても原告が本件確認審判請求をするにつき利害関係を有することが明らかである。

(三)  然らば前記抗告審判の審決が原告が本件確認審判請求をするにつき利害関係を有するものと認め難いとして右請求を排斥したのは不当であるから、原告はその取消を求める為本訴に及んだ。

と述べ、尚被告等の主張に対し、原告はその発明考案に多大の関心を有し、常に研究改良を怠らないから、種々の資料薬品(いずれも漂白剤、防水剤として極めて普通のもの)を持つていても何等異とすべきではなく、従つて被告等主張の仮処分執行の際被告等の特許方法に用いる資料(薬品)が原告方に存在し、又原告が配給を受けた資料の中にも同様の物件が存したが為に原告の実施していた方法が被告等の特許方法と同一であつて前記(イ)号説明書記載のものでないと言うことはできない。と述べた。(立証省略)

被告等の訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告の請求原因事実中(一)の事実を認める。

原告は本件抗告審判に於て特許庁が原告申出の証拠を取調べなかつたことを以て違法の措置であるとして非難しているけれども、特許法第百条第一項は「審判ニ於テハ申立ニ依リ又ハ職権ヲ以テ証拠調ヲ為スコトヲ得」と規定し、証拠の申出の採否は審判官の自由に任せられているものであるから、右原告の申出が採用されなかつたとしても証拠調の法則に違背したものとなし難く、又本件のように当事者間に争のある事実について当事者本人の訊問をすることは無意味であり、原告が取寄を求めた書類も之を以て前記利害関係を立証し得ないものである。

而して原告は「ひらみる」と称する海藻から代用皮革の製造をするに当り被告等の本件特許方法を実施していたのであつて、決して(イ)号説明書記載の方法を実施していたのではないから、本件確認審判請求をするにつき利害関係を有していない。即ち被告が昭和十八年十月二十二日に原告主張の静岡地方裁判所沼津支部昭和十八年(ヨ)第一九号特許権侵害による代用皮革の製造販売等の禁止並びに物件の占有解除の仮処分決定の執行の為執行吏と共に原告方に至つた際現場に業務用の過マンガン酸加里曹達、醋酸アルミニユームその他多量の薬品が存したので、之に対し右占有解除の仮処分の執行をしたが、右薬品の内過マンガン酸加里及び蓚酸は漂白剤として、曹達は脱油剤として、醋酸アルミニユームは防水剤として、いずれも被告の本件特許方法の実施にのみ必要な薬品であり、(イ)号説明書記載の方法による擬革製造の過程には全然不必要なものであり、従つて右の通り原告方に之等薬品が存したことは原告が被告の特許方法を実施していたのであつて、(イ)号説明書記載の方法を実施していなかつたことを物語るものと言わなければならない。尚原告は被告等の本件特許査定のあつた昭和十八年六月二十二日前後を通じ右特許に関する出願番号昭和十五年特許願第一五八二八号による出願名義人として各種の証明書を作成しており、商工大臣から擬革製造に関する企業許可を得た上、之に必要な薬品、染料、塩、薪、油脂等各種物資の配給を受け、且同事業実施の為電話の優先的設置を申し出る等被告等の本件特許に関する出願人又は権利者であるかのように行動していたのであり、この事実に徴すれば原告はその擬革製造につき被告等の特許方法を実施していたものと推認すべきである。

原告主張の静岡地方裁判所沼津支部本案訴訟二件につき原告主張通り訴訟手続中止の決定がなされたことは認めるけれども、その当時右訴訟事件では現実に原告の実施していた擬革製造過程が被告等の特許方法であるか或は(イ)号説明書記載の方法であるかについて当事者双方の主張が対立し、而も訴訟の進行程度は当事者から書証の提出と人証の申出がなされただけで未だ右書証の認否も人証を取調べるか否かの決定もされてない程度にあつたのであつて、到底原告主張のように原告が(イ)号説明書記載の方法を実施していたものと認定し得る段階には至つてなかつたのであり、ただ当時たまたま原告側から右特許無効審判と本件確認審判の各請求がなされており、且当時交通状況が混乱していて訴訟代理人の出廷が困難であつた等の事情を理由として訴訟手続中止の懇請があつたので裁判所も原告が(イ)号説明書記載の方法を実施していたか否かの問題未解決の儘一応右審判事件を先決問題とすることとして特許法第百十八条により前記訴訟手続中止の決定をしたに過ぎないのである。従つて右訴訟手続中止の決定がなされたことを以て原告主張のように前記裁判所支部が原告が(イ)号説明書記載の方法を実施していたこと従つて本件確認審判請求をするにつき利害関係を有することを認定すべき資料とすべきではない。

次に原告主張のように原告が(イ)号説明書記載の方法につき特許出願をしたこと自体により原告が本件確認審判請求をするにつき利害関係を有するものとするには、右利害関係の存在を必要とする時期と利害関係たる事実自体から考えて之を決定しなければならない。即ち(一)先ず利害関係の存在を必要とする時期につき審判請求当時に利害関係が存在するとしてもその審理中に利害関係が消滅したときはその以後は審判事件の審理判断をする必要が消滅するのであるから、右利害関係は右審判事件の審決当時(本件については昭和二十五年十二月)に存在することを要するものと解すべきである。(二)又利害関係が存在するとするには仮令審判請求人が現に右審判の対象物たる考案を実施していなくても少くも将来之を使用すべきことが具体的事実を通じて確実に推測し得る状況にあることを要するものと解するのを相当とする。以上(一)及び(二)の基準によれば右利害関係があるとするには単に原告が前記特許出願をしたと言うだけでは足らず、同種業務((イ)号説明書記載の方法による擬革製造事業その他之に関連性のある事業)を現実に実施している等の一層具体的な背景が必要であるとすべきであるのに、本件についてはそのような事実関係が全然認められない。又原告の特許出願は昭和十九年六月十八日拒絶査定を受け、この時に於て特許出願の効力を喪失し従つて右出願により表徴される利害関係も爾後存在しないこととなつたわけであり、結局以上いずれの基準から見ても本件審判請求をするについて必要な利害関係は存在しないものと言うべきである。而も事実原告は終戦後は製パン事業を営んでいてもはや擬革製造販売事業からは完全に離脱しているのみならず、爾来改善されて来た物資の需給事情から見て(イ)号説明書記載の方法による擬革製造事業の実施は漸次困難となり、本件抗告審判の審決当時に於ては右利害関係を認め得る基礎的事実は全く存在しなくなつている。之を要するに審決が右利害関係がないものとして本件確認審判請求を排斥したのは相当であつて、原告の本訴請求は失当である。

と述べた。(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところである。

よつて原告が本件審判請求をするにつき利害関係を有するか否かにつき審案するに、原本の存在及び成立に争のない乙第七号証によれば原告が昭和十八年八月二十四日に「ひらみるヲ水洗シ、塩分、苦汁、砂等ヲ除去シ遠心分離機ニテ水分ヲ去リ、別ニ魚油、防水剤及水ノ混合液ヲ攪拌シ動揺セシメツツ前記ひらみるヲ投入シ、浸漬滲透セシメ、其ノ湿潤中ニ干張用板ニ貼着緊張シ其ノ周囲ヲ釘打チシ、急速ニ乾燥シ次ニ鞣機ニ掛ケ仕上クルコトヲ特徴トスル擬革製造法」を要旨とする発明につき特許出願をしたことを認めることができ、この方法を(イ)号説明書記載のものと比較すれば両者は単に処理薬品の使用分量、浸漬時間等を記載してあるか否かの差異があるだけであつて、擬革製造法としては実質的に同一のものであると認めなければならない。而して以上認定の事実と原告本人訊問の結果によれば原告は右特許出願の頃から静岡地方裁判所沼津支部昭和十八年(ヨ)第一九号仮処分決定に基ずき昭和十八年十月二十二日に製造禁止の仮処分執行を受けるまで右出願の方法と同一方法たる(イ)号説明書記載の方法を実施して来た事実を認めることができ、本件にあらわれたすべての資料によつても右認定を覆えすに足りない。もつとも右仮処分当時その現場に被告等主張の薬品が存し、之等薬品がいずれも被告等の特許方法を実施するに必要欠くべからざるものであること、及び原告が被告等主張の通り被告等の特許に関する出願名義人として各種の証明書を作成し、商工大臣から擬革製造に関する企業許可を得た上之に必要な薬品その他被告等主張の物資の配給を受け、電話の優先的設置の申出をしたことは原告に於て明らかに争わないからその通り自白したものとみなすべきであるが、之等の事実あるが故に原告が(イ)号説明書記載の方法を実施していなかつたものと認定することはできないから、之を以て前記認定を覆えすべき資料とすることはできない。而して原告が右認定の通り前記仮処分執行当時まで(イ)号説明書記載の方法を実施し、而も右仮処分事件の本案訴訟事件が訴訟手続中止の決定がなされたままで現に繋属中である(この事実は当事者間に争のないところである)以上、原告は(イ)号説明書記載の方法が被告等の特許権の範囲に属するか否かの確認を求めるにつき利害関係を有するものと解すべきである。

然らば原告が本件確認審判請求をする利害関係を有しないものとして右請求を排斥した本件抗告審判の審決は不当であつて、その取消を求める原告の請求は正当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

(別紙省略)

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